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2012年1月15日 (日)

藤ノ森学区にも児童館を/住民のみなさんの気持ち

120115fujinomori_2本日午前中、藤ノ森学区で進む児童館運動の報告会に参加してきました。この間の経過報告とともに、あらてめて地域のみなさんの思いが交流されました。

今回とくに印象に残ったのは、近隣の児童館へ子どもたちを通わせている保護者のみなさんの声(!)これまで京都市は「藤ノ森学区に児童館がない分、近隣の学区に整備してきた」と言ってきましたが、実際に近隣学区の児童館を利用する人たちから見たらどうなのか。非常に大事な問題です。

【30代女性】2年生と4年生の子どもを深草児童館に通わせている。子どもの足だと児童館から家までは40分以上かかる。距離は竹田の児童館のほうが近いが、友だちが深草のほうに行ってるのと、集団下校があるのでそちらにした。藤小から深草児童館までの道で不審者情報があった時は学校はそれを把握していなかった。子どもが危険にさらされていると感じる。

児童館は、遠足や中高生との交流など、(市の言う)ほっと広場では実施されないことがいくつもある。もし藤ノ森学区にも児童館あれば放課後遊べるし、地域のつながりも広がると思う。市議会を傍聴した時、児童家庭課の人が「乳幼児は保護者が自転車や車で連れて行くので児童館から距離が遠くても大丈夫」と答弁していたけど、それっておかしいと思う。

【30代女性】自分は子どものとき共同学童・つよい子クラブ(京阪藤森駅近く)に通っていた。自分の子どもも通わせたかったが月2万の保護者負担はきつい。しかし他を探してみても見つからない。子どもたちの居場所がない。このままでは子どもたちが充実した時間をおくれないと感じる。とくに低学年のうちは、充実した遊び場として児童館があればと思う。親以外の人の目が届くというのが大事。

【60代女性】孫を深草児童館に通わせていたが今は行ってない。その代わり塾へ行ってる。実質子守みたいなもんですわ。行くところないから塾に預けてるが費用もかかる。墨染通は交通量も多く危ない。市の言うほっと広場ではもうひとつだと思う。子どもたちがちゃんと育つのか心配。

【30代女性】子どもが生まれていろんなところに足を運んだ。JRを使って桃山の児童館にも行ったが、JR藤森駅もJR桃山駅もエレベーターがなくベビーカーではつらい。桃山の児童館に行っても桃山学区の人が多く、藤ノ森地域のお母さんたちとはつながりができない。やっぱり自分の家の近くにあってほしい。藤城児童館はすごい坂をのぼらないといけない。藤ノ森からベビーカー押していくのは大変。夏や冬はそこへ行くだけで体調を崩しかねない。

【40代女性】ビラをみて参加しました。小学生の姪を見ていて一番心配なのは、学校から児童館までの道。距離が遠いだけではない。車の交通量も多く、不審者の目撃情報もある。学区というのは、「子どもたちだけで通える」というのが基本ではないのか。毎日放課後、夕方から夜8時ごろまで家に一人ではさびしい。ほっと広場でもすぐに作ってほしい。でもそのことで児童館を作らないことになってしまってはだめだと思う。

どれも切実な声。有権者数の3分の1、実に4000人を超えるみなさんが署名を寄せたにもかかわらず、京都市の対応は「新たな児童館は作らない」と冷たいものです。市民から提供された土地を放置していた問題が発覚してもそれは変わらず、毎回議会を傍聴していても非常に歯がゆい。

しかし、この1年のなかで見ると変化も生まれています。当初、市議会でこの問題を取り上げたのは共産党だけでした。民主党も自民党も「そろそろ結論を」と、あわよくば不採択にさせようという感じでした。

しかしこの間、民主党は「資料やブログを見させてもらったが放課後の安全対策は?」「(ほっと広場のための)空き教室はないのか?」と、自民党は「(市民から提供された土地を放置していた)教育委員会をもっとつめるべきでは」「せっかくこれだけ気運が盛り上がっているのだから」など、1年前と比べると対応が変化しています。市民から提供された土地を放置していた問題は、朝日放送、京都新聞でも報道され、大きく話題になりました。やはり住民のみなさんがあきらめず声をあげ続けている結果だと思います。

まだ解決にはいたりませんが、引き続きみなさんと一緒にがんばります。

2012年1月10日 (火)

前進座「明治おばけ暦」

1201099日の月曜日、午前午後とひたすらハンドマイク宣伝に出て、夜は劇団前進座の初春公演を観に京都南座に行ってきました。今年の演目は「明治おばけ暦」「口上」「芝浜の革財布」。

「明治おばけ暦」では、時の支配者にふりまわされる人々の姿が描かれていました。支配者に都合のいいようにしくみが変えられる、何にでも罰金がかせられる、税金が増えていくというあたりは現代にも重なる気がしました。

どんな時代にあっても自分にとって大切なものを見失ってはいけない、たとえいまは口に出せなくても時が来れば・・・。河竹黙阿弥の「黙阿弥」にこめられた意味を僕は知らなかったのでとても新鮮でした。

人々の暮らしより支配者の都合が優先される、そんな時、われわれはどうするべきか。この作品ではその結論までは示されておらず、見る側の解釈によって違うと思います。しかし、ある若い男が劇場や大隈重信を爆弾で襲おうとしたものの未遂になるシーンは、「一人の力では世の中は動かせないのだ」というメッセージにもとれました。

中村梅之助による「創立八十周年記念 口上」では、前進座の創立期、その後の歴史が語られました。前進座がどんな劇団であるのか、何を目指して八十年という歴史を作ってきたのか、感動的な中身でした。

この日は共産党後援会の貸切の日ということもあり、開演前には京都市長選に立候補を表明している中村和雄さんがあいさつ。市長選への決意も新たにした一日でした。

2012年1月 5日 (木)

中村和雄、伏見・藤森を駆ける!

新年のごあいさつが遅くなりました。元日は中村和雄さんの新春宣伝に参加した後、自分の活動地域であいさつまわり。2日はお休みをいただき、3日から事務所の日直や宿直に入り動いております。今年もどうぞよろしくお願いします。

5日午後、市政刷新を目指す弁護士・中村和雄さんが藤森地域を駆け巡りました。

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JR藤森駅前(写真上)で訴えた後、中ノ島町で現場視察!

写真下は、「児童館のために」と市民から提供されながら京都市が10年も放置し問題になっている土地です(朝日放送や京都新聞も報道し大きな話題になりました)。

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藤森地域で切実な児童館問題について、中村和雄さんは次のように訴えました。

「京都市は『藤森には児童館を作る土地がない』と言ってきましたがちゃんとあるんです。『児童館のために』と市民から提供された土地を十年も放置する市政でいいのでしょうか」

「いまの市長は、子育てに必要な児童館『もうこれ以上作らない』と言っています。私は『自分たちの地域のことは自分たちで決める』そういう新しい市政を作りたい。『区民協議会』を作って住民の意思が反映できる公正で透明なしくみを作ります」

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藤森神社南側でも訴え(写真上)。奥に見えるのが藤ノ森小学校です。

藤小に通う子どもたちは放課後、自分の校区を出て(周辺学区の)7ヵ所の児童館にばらばらに通っています。寒い季節、夕方になると外は真っ暗。保護者のみなさんも子どもたちの安全を心配しています。

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大きなマンション前でも訴え。ベランダで赤ちゃんを抱きながら聞いてくださる若いお母さんの姿もありました。

最後は近鉄伏見駅近くのイズミヤ前で訴え。「保育所入所説明会の後、買い物に来たんです。ちょうど通りかかったので」と、若いご夫婦が足を止め訴えを聞いてくれました(お父さんは赤ちゃんをおぶって)

しっかり現場に足を運び、市民の思いを受け止める。ムダ、不祥事、利権にはタブーなしに切り込む。そんなリーダーが京都市でも求められています。

2011年12月30日 (金)

2011年振り返り

3月、目前にせまった京都市会議員選の予定候補者として、私は伏見の街頭で訴えていました。「貧困は自己責任なのか」「すべてが自己責任なら行政は何のためにあるのか」「私たちは何のために税金を払っているのか」「高速道路より、すべての人に健康保険証が必要ではないのか」「雇用問題を国や府のせいにして見過ごす京都市でいいのか」などなど。雇用問題にとりくむ人間として京都市の議会・行政をどう変えたいのか、市民のみなさんのどんな声をとりあげたいのかを訴えました。

そして、3月11日。宣伝に出ていた私は「揺れ」がわからず、もどった事務所で「東京で大きな地震があったらしい」と聞きました。畑や市街地をのみこんでいく津波、炎に包まれる気仙沼のまち、爆発する福島原発・・・、TVに映し出された光景は信じられないものばかりでした。翌日から選挙の宣伝は自粛し、救援募金にとりくみました。雇用問題で活動をともにしてきたモリケンくんも協力してくれ、何度も一緒に街頭に立ってくれました。

4月、選挙で結果を残すことができず、悔しく、申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、落ち込んではいられませんでした。募金活動ではたくさんの方の思いを肌で感じましたし、「もし京都市で伏見区で災害が起きたら」ということも考えました。何より、被災地がどうなっているのか、TVや新聞の情報でなく、自分の目で確かめたいという思いでした。そんな時、岩手で震災ボランティアが計画されていることを知り、5月、モリケンくんと一緒に参加しました。陸前高田、気仙沼で見た風景、被災者のみなさんから聞いた言葉は今も忘れられません。

この年末の消防団訪問では、「電力会社は節電ばかり強調するけど凍えて死んでしもたら意味ない。東北見てみいどれだけつらいか。必要な時は使わなあかんねや」「南海地震や東海地震は必ず起きるのに、なんで京都市は消防隊を減らそうとしてるんや」「地域によって消防団員の充足率に差がある。うちは大変なんや」「この資料(共産党の消防・防災問題での質問)見たら消防団員の待遇が他の政令市と全然ちゃうやん!ビックリした」などなど、たくさんお話を聞かせていただきました。

原発の事故から半年後に出された市の防災計画文書(中間報告)は、「福井の原発で事故は起きない」「琵琶湖に放射能が飛んでも大量の水で薄まる」「水道水で飲む時にはろ過されている」という中身でした。京都市の国保料は3年連続で値上げされ、生活に困っている人から保険証の取り上げやサラ金かと思うような取立てもおこなわれています。各行政区の保健所は医師を置かなくてもいい保健センターに変わりました。京都市は市民の安全・命・健康をどう考えているのでしょうか。

年が明ければ京都市長選が始まります。本気で市民のくらしを考えている、自分の身を削ってでも市民のために働く、安心して子どもの未来をたくせる、そんな人を市長にしたい。

2011年12月27日 (火)

進め なまけもの

Dilemma_3いま思えば、「進め なまけもの」が進研ゼミのCMソングだったのはすごい気がする。「超氷河期」とか「ゆとり」とか「自己責任論」とか言われるいまでは真っ先に断罪されそうな歌だ。

こんなブログも発見。そうそう、僕が思ったのはこういうことなんですよhappy02http://8joh.blog74.fc2.com/blog-entry-61.html

2011年12月26日 (月)

僕の見た斉藤和義はネットのなか

You Tubeで見つけたドキュメンタリ。こんなの放送されてたんだー。「命と電気どっちとるの?」とサラッと言ってしまうのがカッコイイっす!要はそういうことなんですよ。

2011年12月23日 (金)

お茶か紅茶かコーヒーか

111223今日は京阪中書島駅近くの公園で、地域のみなさんが東北支援のためのチャリティーバザーを開催。福島から子どもを連れて避難されている方の訴えもあったそうです。伏見の利き酒コーナーもあり楽しいイベントでした。

寒い季節。事務所であたたかい飲み物を飲む時に使う湯飲みかマグカップがほしかったので、いいのがないかと探していると、「こんなのどうかしら?花柄だから男性は嫌かな?」とすすめてくれる年配の女性が。やさしい色合いで気に入ったので購入♪

しっかり温まってまた外でがんばろうと思います!

2011年12月15日 (木)

ビフォーアフター/東高瀬川のフェンス

あっという間に12月半ば。朝宣伝も風が本格的に冷たくなってきました。相変わらず政治家は腹立つことばかりしてるし、2月には市長選もあります。だまってたら私たちの税金はどんどん高くなり、変なところに使われてしまいそうなので、これからも宣伝がんばります。

毎週木曜朝は、砂川地域で駅宣した後、赤旗日曜版の仕分け&卸しが定番コースです。今朝は地下鉄くいな橋駅で宣伝しました。宣伝後、事務所へ向かう途中、東高瀬川(スーパーマツモトの東側)付近を通ると、以前住民の方から相談があったフェンス問題が改善されていました。

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以前はこんな感じ(↓)

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なぜかフェンスとガードレールの隙間がそのままにされていて、その間をチェーンでふさぐという。。

「夜になるとチェーンが見えにくい」「自転車で通るとき危ない」という声が寄せられていました。小さな子どもたちもすぐそばで遊んでいたので、これは危ないと土木事務所に電話。するとすぐ現地を見に行ってくれ「たしかに危ない。優先的に直したい」とのことでしたが、「いつできるかはすぐに言えない。今年度中には」と言われていました。「事故が起きてからでは遅い。すぐに対応してほしい」と申し入れていましたが、なかなか改善されず。。心配していましたが、12月9日にようやくフェンスが取り付けられたそうです。

市政刷新を目指す中村和雄さんが「区民協議会をつくって、小さな公共事業は市民自身が決められるようにしよう」と提案していますが、もしそれが実現できれば、こういう仕事はもっと素早くできると思いますgood

2011年11月20日 (日)

毛布募金

Kyuenbokinbira夕方、震災ボランティアに参加したメンバーで「毛布募金」の訴え。場所は東大手(京阪伏見桃山駅前)。「被災地に行って終わりではいけない」「仮設住宅での暮らしがどれだけ大変か生で聞いてきた。京都でもできることをしたい」と議論してきました。

いま被災地・仮設住宅では、配られる布団の上限が4人分までだったり、二重サッシがついていないところもあると聞きます。毛布も求められているけれど、現物を送るとどうしてもいい物に人気が集中してしまうという話も。そこで京都の共産党は、現地で毛布を買ってもらい地域経済も応援しようと「毛布募金」にとりくんでいます。

すでに救援募金をされた方がたくさんいるだろうということで、「共産党に届けられた救援募金がどう使われているか知らせよう」と簡単なビラも作成。被災地での活動写真もパネルにして並べました。

反応自体は、やはり震災直後に比べると「募金」ということでは冷ややかな雰囲気。。しかし「みなさんから寄せられた募金がこのように活用されています」と言うとビラを受け取ってくださる方も増えました。

そろそろ宣伝も終わろうというとき、年配の女性が話しかけてくれました。「釜石にいる親戚は、3日後におばあちゃんが見つかったが、他はみんな流された」「経済的に援助してほしいと言われ、年金暮らしだが、総額300万円は現地へ送ったと思う」「(政治にしてもらいたいこと)これははっきり言える。大きな建物なんていらない。一番困っている人たちのために税金を使ってほしい」と。まったく同感です。

宣伝後は、あるコンビニの店長さんが「救援物資をたくしたい」ということで、物資をお預かりにうかがいました。こちらが予想していたよりもはるかにたくさんの品物が用意されていてビックリ(!)毎日のくらしが大変ななかでも、むしろその大変さがわかるからこそ、「被災地のために」と協力してくださっているのだと思います。

宣伝に参加したメンバーは、とにかく「継続すること」を目標にしてがんばろうと話しています。

2011年11月19日 (土)

ヒトラーも怒る!?

YouTube動画から。独裁者も怒り心頭。すごいアイデア。